校長挨拶(2月)
将来の選択肢
北海道帯広聾学校長 大 塚 雅 彦
十勝地域は、日高山脈や大雪山系の山々に湿った空気が遮られ、比較的雪が少ないところとして知
られています。ただここ数年、帯広もなかなかの積雪に見舞われることもあり、穏やかではない気候
の変動を感じます。道東は冬期間の気温がひときわ低く、朝晩は氷点下二桁になることはいわば日常
で、降った雪が凍てついてなかなか解けにくいのが、こちらの冬景色のように感じられます。
そんな中、白い息を吐きながら、帯広聾学校の子どもたちは毎日元気よく学校に通ってきています。
さて、去る2月17日、本校にて、中学部生徒を対象に「ドクター体験」を行われました。
帯広市内にある北斗病院の井上信幸先生(心臓血管外科医)が来校され、心臓の仕組みなどのレク
チャーをしてくださり、さまざまな医療体験をさせてくださいました。
生徒たちは、実際に術衣を着て、電気メスを使って鶏肉を切ったり、手術用の器具や糸と針を使っ
て縫合したり、豚の心臓を使って手術体験をしたりなど、大変貴重で有意義な時間を過ごさせていた
だきました。
もともとこの体験学習は、私が教頭として本校に勤めていた3年前に実施する予定でした。
本校の教員と井上先生が手話サークルで知り合ったのがきっかけで、「聞こえない子どもたちに、
ぜひ医療関係の仕事を知ってほしい」という井上先生の熱意により、実施に向けて準備を進めていた
ところでした。
ところが、当日を翌週に控えたある日、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための策として、北
海道全域での一斉休校が決定されました。
そのことから、「ドクター体験」は中止を余儀なくされました。子どもたちの安全・安心のために
致し方ないことではありましたが、非常に残念な思いでいたことを覚えています。
それがこのほど、3年越しに満を持しての開催と相成りました。
私も、本校に戻ってきたタイミングでこの体験学習に立ち会えて、奇跡のような幸運を感じました。
かつて日本には、障がいがあるという理由で免許や資格の取得を制限または禁止を定める「障害者
に係る欠格条項」という法令がありました。しかし、社会の変化や各障がいの当事者団体による運動
などによって見直しが始まり、欠格条項を定めた63制度のうちの約半分が改正され、2001年の
通常国会で可決・成立したという歴史があります。
井上先生は、「医師法も改正され、聴覚障がい者も医師免許を取得することが可能になったが、全
国でまだ10名程度、看護師等の医療従事者全部を合わせても100名ほどしかいない現状。ぜひ聴
覚障がいの子どもたちに、医療の世界に飛び込んできてほしい」とおっしゃっていました。
生徒たちも目を輝かせながら、経験したことのない取組にチャレンジしていました。
とりわけ、まもなく本校を旅立つ中学部3学年の生徒にとっては、かなり心に響く体験だったので
はないかと思います。
当日は報道の方も来校しており、インタビューを求められた生徒が、「長時間かけて手術をするお
医者さんがかっこいいと思った」、「ろう者でもできるんだと思って、選択肢の1つになった」と答
えていたのが印象的でした。
井上先生は次年度、東京へ御栄転されるということで、継続的な実施は難しいと思いますが、機会
があれば、ぜひまた取り組みたいと考えています。
令和5年2月